2014年4月15日火曜日

池上彰の「学問のススメ」、靖国神社は「宗教」ではない

転載元:open2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1397531549/

1 :これをピンチと言わずして◆aoV9UPlvFw :2014/04/15(火)12:12:29 ID:YXGJVlzVV
靖国神社は「宗教」ではない。
上田紀行・東京工業大学教授と「宗教を考える」その5

池上:高度成長期に、自分の人生や存在価値の全てを「会社」に預ける。日本は伝統的宗教を事実上放棄して、効率、成長を教典と
するいわば「会社教」一本に頼った。これが日本の唯一の社会システムでした。しかし、システムは必ずいつか破綻する。

調子が悪くなったシステムの典型が、日本の高度経済モデルだったわけですね。もはや機能しないし、アベノミクスでちょっと景気が
回復した程度でも、高度成長が復活することはまずあり得ない。にもかかわらず、日本では、宗教も含め、「もう1つの線」が復活しない。
どうなってしまうのでしょう。

上田:非常に社会が危うくなります。いま、ものすごく短絡的なナショナリズムの声が大きくなっていますよね。あれは、単線化したまま、
機能不全を起こした日本社会の病状のひとつだと思います。

池上:いわゆるネトウヨの台頭や、中国や韓国などに対するメディアから個人までの物言いが常軌を逸していたり。「余所の国に文句を
言われる筋合いはない」というような雰囲気は、今、強く感じますね。

上田:2013年12月末、突然行われた安倍晋三総理の靖国参拝も同じ匂いがします。この問題を語るには、「靖国神社は果たして宗教
施設なのか」ということをきちんと見ておかないといけません。

安倍首相は「宗教施設」だと思っていない

上田:まず、靖国というのは、比較的新しい神社です。

池上:明治2年、1869年に明治政府によって作られました。当時の名称は東京招魂社でした。明治維新の際、戦って亡くなった政府軍
の軍人の霊を祭るためにできた施設です。

上田:そう、もともとは幕末から明治維新にかけての戦闘で亡くなった政府側の軍人を慰霊するための施設で、それがあとから神社に
改称されたという非常に特殊な存在です。その後、日本が戦争を行うたびに戦死した軍人を祀る神社となった。第二次世界大戦のとき
には「靖国で会おう」と言葉を交わして亡くなった軍人がかなりいたと聞いています。

池上:日露戦争以来、戦争で死んだ軍人は靖国に祀られて「英霊」となる、ということになりました。

上田:死んだら誰もが神様になる。靖国神社では、お国のために死んだ軍人たちは誰しもが英霊になる。戦後連合国による極東裁判
でA級戦犯として死刑になった人たちも合祀されているのは、誰しもが英霊になる、という靖国の原則に従っているわけで、その点で
靖国神社はぶれていません。もちろん、「それはおかしいのではないか、日本を勝てない戦争に追いやって、戦後処罰された人間を
祀るのは変じゃないか」と批判する人も一方でいるわけです。

池上:その通りですね。で、今回の安倍首相の公式参拝をどうとらえますか。


上田:さて、安倍首相が靖国神社に参拝しました。首相という立場で、お国のために死んだ人たちがみな祀られている宗教施設へ
参拝する。これがどういうことを意味するのか。

2 :これをピンチと言わずして◆aoV9UPlvFw :2014/04/15(火)12:13:04 ID:YXGJVlzVV
池上:上田先生の読み解きが聞きたいです。

上田:僕が考えるに、安倍総理は、そもそも靖国参拝を宗教行為だと思っていないんですよ。靖国神社そのものを宗教施設だとも
思っていない。

池上:わかります。私も同意見です。安倍首相は宗教施設に参拝したとは思っていませんね。だから政教分離の原則を侵していない、
と考えているはずです。

上田:町村信孝元官房長官はこう話しています。「日本人は亡くなってしまえば、どんな極悪だろうが『神様だ、仏様だ』と思っている」
(1月29日、BS日テレ番組内)。この言葉、政府高官が宗教的な発言をしているように聞こえるけれど、実際に言っている内容はむしろ
逆です。「日本人ってそういうものなんだよ」と話しているわけです。国家神道という宗教の話をしているわけではないのです。

池上:靖国参拝をする日本の政治家にとって、靖国は宗教施設ではないんですね。

上田:ええ。だとするならば、おかしなことがあります。多くの歴史的な検証事実が示していますが、日本がアメリカをはじめとする
連合国に勝利することは当初よりあり得なかった。少なくとも戦局が悪化する過程で止めるべきだった。にもかかわらず、A級戦犯
の中には、止められる戦争を止めず、最終的には国土が爆撃され、原爆まで落とされ、非戦闘民を含む日本人300万人を死に至ら
しめた政治家や軍人たちが含まれています。これはどう考えても、為政者として軍のトップとして責任をとらなければいけない話です。

池上:そうですね。

上田:僕は、A級戦犯として死刑になったひとりひとりの政治家や軍人を憎んだりすることはないけれど、政治家としての軍のトップ
としての責任はちゃんととってもらわなければいけない、と思います。もし、靖国神社が宗教施設ではなく、日本のために亡くなった
軍人たちを悼む施設だとするならば、トップの命令でお国のために死んでいった軍人たちと、責任を追うべきトップとが、同じ場所に
祀られて、そこに現代の政治家が参拝に行くのは、論理的におかしい、と思います。

敗戦と日本人の死の責任を、我々自身が問うていない

池上:戦後の日本政府は、たくさんの兵を死に至らしめ、たくさんの民間人を死にいたらしめたトップの責任を自ら追及しようとは
しなかったんですよね。全部、連合国の極東軍事裁判に任せてしまった。そのあげく「あれはあくまで勝った側の裁判だ」という。

それはまさにその通りです。だったら自らの手で、戦争を失敗に至らしめた政治や軍のトップたちの責任を問うたか。問うていない。
日本は自国での判断を放棄したことになり、それはつまり、極東軍事裁判の結果を受け入れたということになります。これは揺る
がせにできない前提です。

上田:それからですね、「お国のために死んだ人は英霊となって神となる」という靖国の話、安倍総理自身は信じているのでしょうか。
池上さんは、前回の衆院選の開票速報番組で、安倍総理に「自衛隊を国防軍にすると、いざというときに、死者が出るような作戦を
命じることもあるのか?」と聞いていましたね。

池上:はい。「お国のために尽くすという誓約書を書いて自衛隊員になっているのだから、それは本望だと思います」という返事を
得ました。


3 :これをピンチと言わずして◆aoV9UPlvFw :2014/04/15(火)12:13:31 ID:YXGJVlzVV
上田:ということは、安倍首相は、現在の靖国神社にも、第二次世界大戦において、本望だと思って亡くなった方ばかりが祀られて
いると思っているのでしょうか。そもそも、個人的には戦争とは双方に悲しみをもたらすものだと思っています。日本で亡くなった人
がいる、ということは、敵国にも亡くなった人がいる。安倍首相の言葉からはそういう認識が感じられない。

池上:たしかにありませんね。

上田:日本と戦った国からすると、自分たちに悲劇をもたらした人たちが英霊として祀られて神様になっている場所に、首相が参拝
に行く。「戦争は終わったのに、日本は負けたのに、その負けた戦争の責任者が祀ってあるのに、そこに今の首相が参拝に行くと
いうのはおかしいんじゃないか」と思われてしまうのは、まあ避けがたいですよね。日本側がどんな論理を有していようと。

池上:その通りです。論理のまえに、感情として納得しがたい、となってしまう。まさに、こういう感情までをも織り込んで行動するのが、
教養ある人の行動、なのですが……。

上田:安倍首相の振る舞いは、その点において、外部が見えなくなっている、世界が閉じている印象を抱かせます。インターネットや

SNS上で彼の言葉はたくさんの「いいね」をもらっているけれど、異なる意見には耳を塞いでいる。本来、成熟社会は、さまざまな意見、
さまざまな考えが多様に存在する社会です。そんな多様性を前提に、お互いが話し合ったり、交渉したりして、行動する。それが成熟
社会のあり方のはずです。

池上:まさにそうですね。残念ながら、今の政治の状況は、今回上田先生がおっしゃる「単線的な道のり」をひた走るだけ、という感が
あります。いろいろな角度からものを見て考える。複線思考で生きる。これができるようになるには、まさに「教養」が必要です。
その意味で宗教を学ぶ、というのもそんな教養の一つだと思うのですが。

上田:おっしゃる通りです。まず、私たち日本人は現在、文化人類学的に見ても複線の社会にはなく、合理性だけが正しいという社会
にあって、それ自体が世界の中では特殊例だということを知らなければいけません。世界では、経済と宗教、経済と共同体、という具合
に複線的な社会で生きている人たちのほうがはるかに多い。私たち日本人のほうが少数派なのです。

池上:若い人たちが、偏差値や会社やお金といった合理主義の単線にとどまらず、もうひとつの線を持つにはどうすればいいでしょう?
何か宗教に帰依をしろ、というのもちょっと行き過ぎのような気がしますし……。

上田:うーん、早めに結婚して、家庭という別の線を持つ、というのがひとつの答えかな(笑)。

池上:上田先生、それ、ある意味でむちゃくちゃハードルが高いですよ(笑)

他者のために生き、「死」を考える

上田:やっぱりそうですか(苦笑)。家庭を持つ、というのはひとつの例ですが、自分以外の他者のために生きる、子どもを養い、親を介護し、
となれば、まあとっても大変なんですが、人生における価値は金儲け的な合理主義だけじゃないぞ、ということが身を以てわかるようになります。

池上:そうだ! 結婚はしなくても多くの人は、親がいますよね。その親が高齢者となり、要介護となる、というのは誰しもが経験しなければ
いけない「複線」です。


4 :これをピンチと言わずして◆aoV9UPlvFw :2014/04/15(火)12:14:03 ID:YXGJVlzVV
上田:そうなんです。戦争もなかった国日本において「死」というのは遠い存在でした。それが超高齢化社会となった日本では、これから死んで
いく人の数のほうが、生まれてくる人の数よりずっと多い時代が到来します。否が応でも死が身近に、日常となります。


しかも人はいきなり死ぬわけじゃない。医療が発達していますから、介護期間があるでしょうし、治療や手術にも立ち会わなければいけなく
なるでしょう。まさに、日本人は新しい複線を手に入れることになるわけです。

池上:死が身近になる、ということは、必然的に宗教の出番も増える、ということですね。宗教と死は常に寄り添う関係ですから。

上田:その通りです。超高齢化社会というのは、日本人が再び宗教と直接向かい合う社会でもあるのです。

池上:高齢化に関しては暗い未来を語る話が多いのですが、日本人が再び複線思考を取り戻すきっかけになるかもしれませんね。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20140227/260326/?P=1
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上田 紀行(うえだ・のりゆき)
文化人類学者。1958年生まれ。東京大学教養学部文化人類学科卒業、同大学院博士課程修了。愛媛大学助教授を経て東工大へ。
「癒し」という言葉を日本に広め、日本社会の閉塞性の打破を、新聞、テレビ等でも説く。近年は沈滞する日本仏教の再生運動にも関わり、
ダライ・ラマとの対談も出版。東工大では学生からの授業評価が全学1位となり、東工大教育賞最優秀賞を受賞。著書『生きる意味』
(岩波新書)は2006年度大学入試出題数第1位の著作となる。その他、『生きる覚悟』(角川SSC新書)、『「肩の荷」をおろして生きる』
(PHP新書)、『ダライ・ラマとの対話』(講談社文庫)など著書多数。(写真:大槻純一、以下同)
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池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト。1950年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。社会部記者として経験を積んだ後、報道局記者主幹に。
94年4月から11年間「週刊こどもニュース」のお父さん役として、様々なニュースを解説して人気に。2005年3月NHKを退局、フリー
ジャーナリストとして、テレビ、新聞、雑誌、書籍など幅広いメディアで活躍中。2012年4月より、東京工業大学リベラルアーツセンター
教授として東工大生に「教養」を教える。主な著書に『伝える力』(PHPビジネス新書)、『知らないと恥をかく世界の大問題』(角川SSC新書)、
『そうだったのか! 現代史』(集英社)など多数。
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5 :(・ω・` ) <;`Д´>(`ハ´#) :2014/04/15(火)12:19:40 ID:FmCpYg8eI
いいえ神道はバチカンも認めた宗教です。

7 :名無しさん :2014/04/15(火)12:35:31 ID:yYOiLUm85
神道は八百万の神様を擁する立派な宗教ですよ?
そんなに日本古来のものを認めたくないなら出ていけばいいのに

8 :名無しさん :2014/04/15(火)12:37:00 ID:egFLQFGyn
当時の神道の最高権威たる明治天皇が、神社への昇格を認めたのだから新しいも何も関係ない
戦後宗教法人として現政府が認めたのだから現行法上も全く問題ない
誰が合祀されてようが靖国神社が認めて居るのだから、一切言いがかりをつける余地はない。


11 :名無しさん :2014/04/15(火)12:59:47 ID:qxEp6V29p
死刑を受けて、さらに責任を負えと言うのか

現世に地獄でも作って、そこに祀らねば許さないとでも言う雰囲気だな
死者はちゃんと弔わないと、祟られるんだぜ。特に現世で強い影響を残した人物程な。

12 :名無しさん :2014/04/15(火)13:01:08 ID:Y7WCSJ9K1
問題にすべきは靖国参拝が戦後40年経ってから
問題視されるようになったのはなぜかということではないでしょうか

15 :名無しさん :2014/04/15(火)13:36:25 ID:suPEnrdlZ
ふむふむ
ただこの理論だと他の国もそうなんだよなあ
圧政で国を崩壊させた王でも奉られているんだから
それが昔や最近に関わらずだ
この問題に感情にも原理にも全て合理的な答えなど出ないだろうな
地球全体で見たら宗教観が曖昧、すなわち比較的自由なアジアは、そして日本はよくやってる方だろうとは思うがね

16 :名無しさん :2014/04/15(火)13:40:15 ID:BLKCS0pdQ
なんかこう結論ありきのこじつけで気持ち悪いっていうか…
・靖国神社が100年前でダメなら「たった」400年前の日光東照宮もダメなのか?
・戦争で内外の人が死にまくったけど国立廃兵院に弔われてるナポレオンはどうなのか?
・「他者のために生きる」ってまさに靖国にいる人達の事では?
・シンパの集まった集会でヨイショされるより、万人に公開されたfbで「いいね!」される方が閉じた世界なのか?

20 :名無しさん :2014/04/15(火)14:40:26 ID:uT3n5I4bZ
>>自分以外の他者のために生きる、子どもを養い、親を介護・・・
>>人生における価値は金儲け的な合理主義だけじゃないぞ・・・

なんじゃこの壮絶なバカは?

だから他者の為に自らの命をかけて兵として死んだんだろうがよ?
白人至上主義の時代に周辺国が奴隷と化する中、経済・物流遮断されて疲弊していく国内の民族の為に我が命をかけて死んだ人達だぞ?
奴隷主義時代終焉の金字塔はどこの国の誰がやったんだ?あ?

戦犯?責任?立場?教養?複線?どの口で言ってんだ?お前らヌクヌクと日本人面できるのは誰のお陰なんだ?
その締めの複線とやらで平和に生きてこれたのは誰なんだ?
「殺した」という事ばっかりで「救った」ものは何にも触れないんだなこのクズ共わ!


21 :半万年ロマー :2014/04/15(火)15:03:40 ID:zv1PNx64E
靖国が宗教施設だとして何の障害があるのやら。
道端のお地蔵様だって宗教施設にはいるだろうに。

バカが混同しやすいが、軍事力を増強するのは戦争をしたくないから。
気の荒い針鼠やガスを充満したスカンクに攻撃をしでかしたらどうなるか想像しやすいだろう。
軍に関係者がいたら戦争をしたくはないだろ。
ソイツに死んでこいということだからな。
靖国に行ってもう犠牲者を出さないように誓う、というのは当然の話。
そしてもちろんいざという時に神頼みも肝心。

23 :名無しさん :2014/04/15(火)15:29:55 ID:jlp6Q3ymT
>池上:戦後の日本政府は、たくさんの兵を死に至らしめ、たくさんの民間人を死にいたらしめたトップの責任を自ら追及しようとは
しなかったんですよね。

国民4000万人の署名と全会一致の国会決議を無視する池上彰はただのゲス

26 :◆inBhY9Zy5M :2014/04/15(火)15:58:21 ID:EAMwpqkLL
宗教について語るなら、大東亜戦争と絡めて政治的に解釈するなよ。

>>23
そうそう。

日本国民は「トップの責任」を許しているんだよね。

29 :名無しさん :2014/04/15(火)17:11:43 ID:qyWpj4SAU
>>26

 そもそもあの戦争は「国民一致の運動だった」って空気があったからなぁ。

 「悪辣な政府に騙されて、国民はイヤイヤ協力させられていたニダ!!」みたいな朝鮮人並みの
被害妄想は、日本のブサヨのルサンチマンが生み出して「責任追及されたくないマスゴミ」が飛びついて
それを最大限洗脳してきた結果として存在するものであって、当時は「A項の戦犯ですら」、自らの立場で
一所懸命お役目を果たして国の為に命を落とした犠牲者である・・・って認識だったんだよね。

 「国民一丸となった、挙国一致の大運動だった」、だからこそバカヒ新聞を筆頭にしたマスゴミの煽りすらも
戦後の国民は不問に付した。もし今A項の責任をことさら言い出すなら、バカヒを筆頭にしたマスゴミの責任
も「改めて」追及せねばならなくなるわけなんですよねww


 池上とて、「俺は後からメディアの人間になったのだから知らん!!」とかいって責任逃れをする事は許され
なくなるわけでw

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